最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)892号 判決 1969年4月25日
上告人
岩重一男
上告人
山中義美
右両名代理人
田平藤一
被上告人
岩重健次郎
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人田平藤一の上告理由第一、二点について。
原判決は、本件不動産が原判示の経過により昭和三七年九月三〇日上告人一男から被上告人に贈与されたこと、上告人山中は不動産周旋業者で、不動産登記に精通していたが、昭和三九年七月当時においては本件建物をすでに七年以上にわたり賃借する等岩重家とは永年交際し、その内輪にもめごとがあることも隣家のこととて、これを耳にしていたところ、本件不動産の賃料を上告人一男から昭和三九年六月下旬頃二回にわたり内容証明郵便で自己に支払うよう請求されるとともに、他方岩重幸子の代理人岩重敬蔵からもこれを自己に支払うよう請求されたため、同年七月二〇日頃使用人である訴外森純哉を伴つて福岡にいる上告人一男を訪ねて同月分の賃料を支払い、その際、同上告人およびその妻菊代からごたごたが起きているので、この際本件不動産を買いとつてくれと懇請され、右不動産についてされている被上告人の処分禁止の仮処分の登記を抹消して完全な所有権とするとの確約を同人らから得たので、同人らとの間に本件不動産を七〇万円で買い受ける契約をし、手附金一〇万円を支払い、残額は右仮処分登記を抹消したうえ移転登記手続と同時に支払うこととしたこと、その後上告人山中は同年八月一〇日頃再び上告人一男の求めに応じて、前記森を同道して福岡に赴いたうえ、同上告人一緒に上京し、上告人一男および森らは同月一〇日から一四日までの間連日被上告人宅を訪ねて被上告人に対し前記仮処分の取下を懇請したが、被上告人が応じなかつたため、被上告人を欺して仮処分取下書に印鑑を押捺させることを企て、右森が作成した文案どおり仮処分取下後被上告人名義に所有権移転登記手続をすべき旨を記載した誓約書(甲第一号証)を作成して被上告人をしてこの取下書に捺印させたこと、もつとも、上告人山中自身は右のうち同月一一日以降は被上告人宅には赴かなかつたが、上告人一男および森と同じ旅館に宿泊し、帰途の車中も一緒であつて右取下書に印をもらうまでのいきさつについて容易に聞ける状況にあつたこと、上告人山中は昭和三九年八月一〇日頃福岡において前記売買代金の残額六〇万円のうちの二〇万円を、その後さらに東京の旅館において二〇万円を前記仮処分登記の抹消される前に上告人一男の申入れに応じて支払つたこと、上告人山中は右仮処分登記抹消後の同月三一日の受付をもつて同月一九日売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をしたが、被上告人は右仮処分取下書に捺印後、上告人一男に騙されたらしいから再度仮処分手続をしてくれるよう叔父である岩重敬蔵および横山正二に委任し、同人らは同月三一日鹿児島地方裁判所の仮処分決定を得て同日前同様の内容の仮処分登記を経由したが、その受付番号は上告人山中の仮登記に遅れてそれに対抗できないものとなつたこと、その後同上告人は同年九月三日右売買予約の二日前である同年八月一七日売買を原因とする所有権移転登記手続をしたものであること、以上の事実を適法に認定しているのであり、この事実認定の過程において審理不尽、理由不備の違法はない。
ところで、右認定の事実によれば、上告人山中は、本件不動産を買い受ける際その所有権の帰属につき上告人一男と被上告人とが係争中であることを知つていたばかりでなく、上告人一男が被上告人を欺罔して前記仮処分の執行を取り消させ、本件不動産が被上告人名義になることを妨げるにつき協力したものというべきである。したがつて、上告人山中はいわゆる登記の欠缺を主張することができない背信的悪意者にあたると解するのが相当であり、被上告人は上告人山中に対し登記なくして本件不動産の所有権の取得を対抗することができるといわなければならない。それ故、これと同趣旨の原判決の判断は正当である。原判決には所論の違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)